米原万里『旅行者の朝食』によると、V・V・ポフリョーブキンの『ウォッカの歴史』でもメンデレーエフの
理論は触れられているようで、


       / ̄ ̄ ̄\
      /─   ─   \
    / (●)  (●)   \ いやぁ、
    |    (__人__)      |  メンデレーエフってすげぇよなぁ
    \   ` ⌒´     /   ウォッカ万歳ッ
    / ̄       ̄ ̄)___
 〃(日) ´/    / ̄ ̄/ /  〃 ⌒i
 i /⌒\./    /∧ ∧し'ポフリョーブキン


 ところがこれに対して、サンクト・ペテルブルク大学付属メンデレーエフ文書館・博物館の
I・S・ドミトリエフ博士が首を傾げた。


━┓
┏┛    ⌒
・    .___ ⌒  ___   ━┓
   / ―\ / ―  \  ┏┛
 /ノ  (● X  (●)  \ヽ ・
| (●)  /_  (⌒  (●) /
|   (__/      ̄ヽ__) /
 \  /´    ___/
   \|        \
   /|´        |


            / ̄ ̄\
          /   _ノ  \
          |    ( ●)(●)
          |     (__人__)  
             |     ` ⌒´ノ  なぁ、その話の根拠ってなんだよ。
              |         }    裏付けになる資料が必要だろ、常考。
              ヽ        }     あるなら教えてくれよ。
            ヽ、.,__ __ノ
   _, 、 -― ''"::l:::::::\ー-..,ノ,、.゙,i 、
  /;;;;;;::゙:':、::::::::::::|_:::;、>、_ l|||||゙!:゙、-、_


 と、手紙を送った。
 これに対してポフリョーブキンは手紙には答えず、突然『アガニョーク』誌上に、


      ノ L____
      ⌒ \ / \
     / (○) (○)\
   /    (__人__)   \ メンデレーエフ専門家で
   |       |::::::|       |  科学博士なのに知らないなんて、ふざけるんじゃないおッ
   \       l;;;;;;l    /l!| !
   /     `ー'    \ |i
  /          ヽ !l ヽi
 (   丶- 、       しE |そ ドンッ!
   `ー、_ノ       煤@l、E ノ <
              レY^V^ヽl


 と激高した反論を掲載。
 当然、これに対してドミトリエフも『科学史技術史の諸問題』誌に反論を掲載。


       / ̄ ̄\
     ノし. u:_ノ` ,,\
     /⌒`  ( ◯)(O) 何言いやがる
     |   j(   (__人__) ふざけてるのはお前だろッ
     |   ^  、` ⌒´ノ  
     |  u;     ゙⌒}
      ヽ     ゚  " }
     ヽ :j    ノ
    /⌒\ ゚ (´


 さらに同誌には、ドミトリエフに加勢する形で、L・B・ボンダレンコが『ロシアにおけるアルコール度数
測定法の変遷について』という論文を寄せた。


    〃:.:.:./.:.:.:.,:.:.:.:.:.:.:.:.:.\:.:.:.:.:i、:.:.:.:.ヽ
   ./:i: :.: i: :/:.:i:.:.|:.:l:.:.:.:.:.:.:.:.Y:.:.:|ヽヽ:.:.:|
   レl:!:.:./l::|:.:/レl:j、:j、::|::l:|:|:.:|:.:/l l l:.:.:.!  ポフリョーブキン……
     'ヘ/:.:l::l:.:l'莎 ヘト忝レ::l::ム/ 'v l |:.:.:.',   少し頭を冷やそうか
    .|:.: :⊥ヽl ¨ ,  ゙ー' |/イ/   \|:.:.:.:.',
    .l/  `l\ ‐   イ l/`llY  ̄\ :.:.:.',
    /     / lノ l¬≠ i   lj.!    ∧:.:.:.:',
  /     />.>  | 〒__/  く |     \: :i
  ヽ\  _i ヽ\ 「 ¬7 /ノ |    / /:.:|
    \¨  }   _\゙v /ィ∠__ 
     ノ   ヘ |::::::::[:「::::::::::/::  L・B・ボンダレンコ


 この1997年から99年にかけて続いた論争を、丁寧にフォローしていた日本の科学者が居た。
 それは東京工業大学で科学史を教える梶雅範博士で、次のように結論づけている。


       ,..-.:. ̄.:..:..:.. : : : : `丶、
      /:..:..:. ..: : : : : : : : : : : : :\
    /:ヘ=、、:._: : : : __:ヽ:_: -^,.ト、
   ノ:..:..:./:..  ̄: :7´:―― : :|‐: :´、: ヽヽ
  ー-/:..:.i:../:. : : ,/:..:.:イ:.ハ:.. : j:.. :}:.、ヽ:. トヽ
    !:..:..:|:.{/:..ィ_jz≦ノ ' }:./_}_イ:. } |:.||| 結論から言うと、メンデレーエフが40度というウォッカの度数を
    Vl:.:.|:. Vl´「_ 、` ノ′ _ノ:ソ:イ: リ ノ  決定した事実はない。
.      }:ハ: : l f7「::`ハ   /:::7}7イ:/}/   また、40度が最良の味になるかどうかの生理的研究を行った
     ノヘーl、: :!VZツ     ヒ:ノ/:.//      事実もない。
        `ィヘ:ト、 _   _   ノ:イ/       メンデレーエフは1865年に無水アルコールを製造し、それを
      rく、\` ヽ二コ:千:|K、         用いて水・アルコール混合液の比重を詳細に測定し、アルコール
      |:..:ヽヽ\: :Yニ|: :!:/j!:.l         比重計を選定するための委員会にも加わっている。
      ト:..:..:.\ヽ\!r|┴=ミ!r ァ7      しかし、税率認定のための基礎的な比重表としてはメンデレーエフ
     |!::.:..:.ヽ\ヽ|!    /7 /      のデータはロシアでは採用されず、むしろ古くからのドイツ科学者
      j::.l::..:..:.⌒ーァ⌒}   / / /^}      Trallesの表が採用されている。
      |::.:.\::..::.::.::>ー'―-L∠_¨´
      l::.::.:..:. ̄ ̄ト 、, --、―弋i
       ヽ::.:..:..:.::..∧/    ヽ  i _ .. -―
       ``ーニ´/ー-、   | _|
       _. -―  ̄  ト―.:「:.:l 梶雅範
                 ヽ:..__:L_|
                ヽ.__)ノ


                 __
                 ´: : : : : : : ̄ ̄  、
             / : : : : : : : : : : : : : : : : : :\
.           /   : : : : : : : : : : : :     . . .\
      、__//. /. . . . . . .    . . . . : : ! : : : : ヽ
        ̄/. : /. : : : :/ : : : : : : : : : : : \l: : : : : : :ヽ
.         l : : l : / : /. :/ : : ヽ、: : : `ヽ : !: :l: : : : : ヽ、 つまりポフリューブキンの説は、1860年代の
        l :/ l : l: : :l :∧: :ト、: lヽ、: : : :ヽ!: :l: :l: : : l  ̄  メンデレーエフの活動と博士論文から想像を
        l/!: ! : l: :/l/‐-ヽ! ヽ !  _ヽ-―!‐ !: :l: : : !    たくましくしての勇み足。
         ヽ! : l : ! rfチミ、  ヽ´ fr旡ミ! : ト、l : : ′    以上、報告を終える。
.           ヽ !: :l  rっソ     匕り !: : !丿/j/
.            j∧ :ト、 `¨   .      l l :l j/
              V: :lヽ、   _     /j/!/
               ヽ: ! >   __.. ィ ト、〃
                ヽ!  //j     ト!/\
                 _/ :/-―――-l : : : :ヽ、__
               /|::|: : : :! -―――-! : : : : : :/∧
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 と言うわけで、どうもメンデレーエフがウォッカの理想度数を発見したというのは完全な俗説でのようです。
  しかし、「イタリア人なら砂漠でパスタを茹でるかも」と同じくらい、ウッカに関して「ロシア人ならもしかして」
 などと思ってしまうのは、ロシア人がウォッカに傾ける溢れんばかりの愛情ゆえなのかもしれません。